ひとひらの愛

独断と偏見とポエム

天才の横顔

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人生で一度だけ、テストでカンニングをしたことがある。塾の特待生試験での話だ。

大学受験のために通っていた学習塾には特待生制度があって、試験で一定以上のスコアを取った生徒は一年間の授業料が免除された。その代わり国立大学、早慶上智東京理科大等の指定校をいくつか受験し、「●●大学合格者○名!」という、あのよく見る広告の数字を稼いでくることを義務付けられる。それは当時高校生のわたしの目には、フェアな取引に映った。試験は高校二年生から三年生になる年の春休みを挟んで週末ごと実施され、合格するまで何回も受けることができる。科目は英語・国語・数学の3教科。基準点や得点は発表されず、合格者の名前だけが週明け廊下に貼り出された。試験の結果如何によって入塾を決める生徒もいたし、わたしはもともと高校一年生のときからその塾に通っていたので、家計を助けられるなら助けたい、くらいの気持ちで受験していた。「中高と私立に通ったんだから、大学は国公立」というのが親と交わしていた約束で、どのみち国立大学は受けなければならない。英語と国語は得意だけど数学は苦手という典型的な文系生徒だったわたしは、2回受けて2回落第しており、点が足りないのは数学だけだと自覚していた頃、Nくんに出会った。

もう20年近く前の話なので記憶違いかもしれないが、最初にNくんと会ったのはたしか自習室だった。休憩のタイミングが被ったのか、どちらから話し掛けたのかは覚えていない。Nくんは私立の男子校に通っていて、実家が遠いので寮生活をしていると話した。特待生試験には3回受験して3回落ちており、数学は得意、英語もまぁできる、けれど致命的に国語が苦手なのだという。わたしとは真逆だ。そしてわが家に比べると彼の家庭の方が、授業料免除に対する期待値はより高いようだった。「お母さんががっかりするんだよ」。高1の頃から、母親とは週に一度、電話で話す習慣がついている。「試験どうだった?」「ごめん、今週もだめだったよ。次はもっと頑張る」「そう、頑張ってね、きっと大丈夫よ」というやり取りがつらい。早く合格して母親を安心させたい。電話を片手に俯く彼の姿が目に浮かぶようだった。

どちらからカンニングを持ち掛けたのか、どういう流れでそれを決定したのか、その場で話したのか、それとも連絡先だけ交換して後日メールか何かで相談したのかも、もう覚えていない。けど素朴で実直だった彼の性格を考えると、わたしの方から持ち掛けたんだと思う。特待生試験はいつも授業が行われている長机の大教室で実施され、席は先着順で自由だ。原則は、二人とも自力で問題を解く。わたしは数学、彼は国語の、どうしても解けなかった問題だけ、相手の答案を見る。特待生の数に上限はないから、誰かを蹴落とすわけではない。わたしたちは授業料を免除され、親は喜び、塾は合格実績を得る。被害者はいない。いかにも15歳のわたしが考えそうなことだ。その翌週末、わたしたちは隣り合った席に座り、試験を受けた。

 

 

『バッド・ジーニアス』は、程度の差はあれ「学歴」を「ここではないどこか」への切符にした経験を持つ人間なら、絶対に胸が締め付けられるだろう映画だ。無限の可能性を秘めた10代の、「少し賢い子ども」だったあの頃、それでも可能性の端緒を開く鍵はシンプルに「勉強」しかなかった。高校では劣等生だったわたしですらそうなのだ。学校一の秀才だったリンとバンクにとって、それがどれだけ心強い「武器」だったかは想像に難くない。テストでいい点をとったら新車を買ってもらえるセレブ同級生カップルと、苦学する天才たちの対比がつらい。

教室で、校長室で、クイズ番組の回答台で、試験場で、横並びになった二人はきっと、互いの存在に支えられていただろう。横顔が美しい映画だ。リンとバンクがずっと並んで、同じ方向をめざしていられたら良かったのに。しかし「運命の分かれ目」に立つとき、二人はいつも向かい合っているのだ。リンが取引を持ち掛ける印刷所で、バンクがそれを受ける歩道橋の上で、翻ってバンクが取引を持ち掛けるクリーニング屋で。並んで撮ったセルフィ―は削除され、二人が一つのイヤホンを分け合うことは、もう二度とない。

映画の終盤、オーストラリアから帰国したリンが空港で父親に「話がある」と切り出すシーンでは、気持ちが救われた。「すごく賢い子ども」が世界に対して大きな影響力を持つことができるのは、わくわくする反面、やはり残酷なことに違いない。高校生の頃は「フェアな取引」と信じて疑わなかった塾の特待生制度だが、数十万円の支払いの有無を高校生の学力に負わせることも、一種の残酷だと今は思う。

試験の結果、Nくんは無事に特待生になり、わたしはというと、基準点に少しだけ足りず、授業料が半額だけ免除される「準特待生」になった。カンニングのことは、大学生になってから耐えきれず母にだけは打ち明けた。どうしても一人では抱えきれなかった。たしか母が運転する車に乗っていた時だ、母はまず驚き、次に呆れたように笑い、最終的には「聞かなかったことにする」と言った。それだけで、驚くほど気持ちが楽になった。リンが父親に打ち明けられて良かった。一人で抱え込むことができたらヒーローとしてカッコいいけど、これは犯罪映画ではなく、やはり青春映画なのだ。

 

 

Nくんは誰かにあのことを打ち明けただろうか? お母さんには言えなかったかもしれない。彼は理系クラスだったので、高3になってからは塾で会う機会もなく、ぽつぽつとメールをやり取りする程度だった。わたしは前期試験で第一志望に受かり、彼も後期試験で国公立に受かっていたと思う。

大学生になってすぐの頃、一度だけ大学近くのファミレスで彼に会った。わたしたちは窓際のソファ席に向かいあって座り、隣のテーブルではわたしと同じ大学に通っていると思しき新入生がコンサバ風の女の人二人に英語教材を売りつけられようとしていた。わたしはこういうのってほんとにあるんだな~くらいの感想しか持たなかったが、Nくんは「止めた方がよくない? おれああいうのだめなんだよ、絶対このままじゃ契約しちゃうでしょ」と、友達のことのように気を揉んでいたのが印象的だった。それ以来彼には会っていない。彼の学歴は彼を望む場所に連れていっただろうか? 元気でいたらいいなとだけ思う。

燃え尽きるまで

地元駅の新幹線ホームに降りるとき、いつも自然に少し背筋が伸びる。歩いているだけでいつ誰に会うかわからない緊張感もあって、あの頃の自分に「こんなに大人になったのよ」とつっぱる気持ちもあって。18歳で飽きて出てきた街。地元愛は薄い方だ。用事がない限りはほぼ帰らないし、その「用事」も年々、家族や友人に会うためというより、推しのための遠征とか、仕事のための出張とか、「あの頃の自分」理由から「大人の自分」理由にシフトしている。でも今年は「用事」が多くて、冬に祖父が亡くなった。春に仕事が入った。夏は自担が司会を務める「いのちのうたフェス」の公開収録に参加するために、早めの休みをとって新幹線に乗った。手元に観覧はがきは届いていなかったけど、去年もそれで諦めて東京に残っていたら意外に現地では見つかったという話を後から聞いて、「後悔するくらいなら行くだけ行こう」と仕事を調整したのだ。 あの日からずっと、加藤さんの顔が見たかった。言葉が聞きたかった。それを生でできる場があるなら、ましてやそれが地元なら、みすみす逃す手はなかった。

 

2018年6月6日水曜日。わたしはNEWSとは別の現場で劇場にいた。お昼の公演が終わって、同行の人と別れて、雨の中傘を差してメトロの駅に向かう途中、相方からのLINEで翌日発売の週刊誌に載ることを知った。第一印象は「最悪」。つい先月、TOKIOの山口くんが事務所を辞めたばっかりで、そのとき「ほんとうに、何やってるんですか!? という気持ち。先輩のこんな情けない姿、見たくなかったです」と話したのは加藤さんだ。Twitterを開くと、ほとんどの人がこの件については言及していなかった。数日前から音源が上がっているのは把握していたが、TLでそのことについて触れている人は一人もいなかったし、そういうものに言及しないのが良いファン、といった雰囲気は普段からあった。昨年小山さんの熱愛が騒がれたときもそうだ。

でも、今回は飲酒強制なんだから、恋愛絡みのスキャンダルとは話がまるで違う。大学生の男の子がコールで亡くなった事件の提訴があったのはたったの3年前だ。あのとき慶ちゃんはすでにevery.のレギュラーだっただろうか? メトロに揺られながらぐらぐらと思考が巡る。電通の事件があって会社の飲み会でもモラハラの一種としてのアルハラが問題になっている昨今、相手が未成年じゃなくても飲酒強要は十分に重い。歌と踊りとお芝居が上手で、見た目が可愛くて、バラエティに強いことが売りのアイドルだったら事務所がスルーして済んだかもしれない。でも加藤さんと慶ちゃんは違う。誰もが知っている大学を出ていて、「インテリジャニーズ」と呼ばれて、アイドルなのにニュースが読めて、アイドルなのに本が書けて、時事問題にもリベラルな感覚できちんとコメントできる、それが彼らの大きな価値だったはずだ。それはデビュー以来グループにいろいろな事件が起こる中(にはもちろん未成年飲酒も含まれる)、もしかしたら歌や踊りには劣等感を抱えていたかもしれない2人が、それでも他の人には無い武器を手に入れようと、何年もかけて、きっと血の滲むような努力をして獲得したブランドだ。そのブランドが地に落ちた瞬間だった。ショックでショックでしょうがなかった。わたしにとってそれは、たとえば増田さんが踊れなくなるとか、てごちゃんが歌えなくなるとかに近しい出来事だった。何で皆黙っていられるんだろう? 

いろんな人から、半泣きのDMやLINEがきた。わたしは思うことを全部Twitterに書きながら、皆が本音を隠したようなTLが何となく気持ち悪くて、普段なら見ないようなアカウントまで検索して連夜新しい情報を探した。繁忙期なのに寝不足で日中のパフォーマンスは落ちた。それでもきっと、2人なら、加藤さんならすぐに何か言ってくれるはずだと信じていた。だって、2人とも言葉の人だ。キャスターと作家、形は違えど、言葉で伝えることを自分の武器として選んだ人たちだ。週刊誌発売直後のメディア対応は適切な形でなされたと思う。でも、そのあとはぱたりと何もなかった。加藤さんはテレビでは悲痛な面持ちで、ラジオでは場違いなくらい明るいテンションで、問題の核心には触れず、ブログも更新されなかった。わたしの好きな加藤さんは、何があっても場や多勢の雰囲気に流されることなく、冷静に物事を考え整理し、きちんと自分の言葉で伝えてくれる人だ。仮に事務所に止められていたのだとしても、何とか手段を講じてくれる人だ。でも慶ちゃんの謹慎期間中、その役割を担ってくれたのは何も悪くない増田さんだけだった。加藤さんを推してきたこの3年間で、一番がっかりした。

15周年を控えたグループの活動がどうなるかはわからず、関係者面で情報を流す人、その情報を拡散する人、その情報の矛盾を指摘する人、とにかく明るいことしか言わない人、ずっと沈黙したまま浮上してこない人、べき論を振りかざす人、集団ヒステリーのようなファンの姿を眺めていると、規模はまったく違うけれども東日本大震災直後のTwitterを思い出した。皆不安なのだ。

先行きは不透明なまま、チケットの発売日や入金日だけが迫ってくる。増田さんの舞台はとれず、公開収録には落選し、周年コンサートも全滅だった。どれも高倍率のチケットだからしょうがないけど、何だか、NEWSとの縁が一本一本切れていくような感覚に陥った。コンサートを持っている人は舞台と、舞台を持っている人は公録と、公録を持っている人はまた別日のコンサートとの交換を求めていたけど、何も持ってない自分はそのどれにも参加できなかった。各種の当落と前後して慶ちゃんが批判されながら復帰して、喜ぶ人を尻目にわたしの心は痛んだ。謝罪の基本は相手が引くまでやること、10年程度しか社会人をしていないわたしでも知っている常識だ。本当は「あれ、小山くんまだ謹慎してたの?」と言われるくらいまで出てこない方が、長期的に見た彼のキャリアにとっては、良かったのではないか? わたしたちが慶ちゃんにすぐに会いたい、慶ちゃんがいない15周年なんか嫌だ、と願う短絡的な気持ちが、ファンよりも数の多い慶ちゃんの「一般のお客さん」の好感度を下げてしまうのではないか? ひいては、NEWSの20周年を遠ざけてしまうのではないか? 一番不安なのはきっと自分だった。3週間経っても、思考はあの日から落ち着かず、ぐらぐらと揺れるばかりだった。

 

何でこの出来事がこんなにショックかって、もちろん15周年というタイミングもあるけど、一番の理由はEPCOTIAというすばらしいツアーの直後だったからだ。4月に書いたレポの中で、「コンセプチュアルな作品に、作品外のことをあれこれ考えずに没頭できる、これ以上嬉しいことはない」と書いた。NEWSを好きなのは、4人になって大変だったからでも、スキャンダルに負けずツアーを完走したからでも、ファンとの絆が強いからでもない。曲が良くて、歌が上手くて、世界観が明確で、かっこいいからだ。それがNEWSの魅力でありブランドだ。「今までいろいろあった」なんて、加藤さんのソロや、慶ちゃんの下ハモや、増田さんの衣装や、てごちゃんの笑顔の前では、どうだっていい。KAT-TUNだって関ジャニだっていろいろあった。それは皆同じだし、仮に「いろいろなかった」ように見えるグループがいたとしたら、アイドルとしてこれ以上すごいことはない。生きている限りは立ち止まっていたってまた賽は振るしかないし、痛みは助走に変えていくしかないけど、立ち止まりも痛みも、無いなら無いのが一番いい。もちろん、テレビなどのマスメディアを主戦場とする以上、「いろいろある」ことが話題性の面で有利に働くことはあるだろう。でも、そうしたら、「いろいろ」起こらないように毎日ストイックな努力を重ねている人の気持ちは、どこへいけばいいんだろう? できて当たり前とも言われて、語られることもないような努力は。増田さんの背中がいつもかっこいいのは、彼がそうして毎日毎日地道に磨き上げた、ぴかぴかの「信頼」の上に立っているからだ。自分自身の幸せについても、ちゃんと考えてくれてる? と、時にはファンを不安にさせるほどの、傷一つない孤高のプライドの上に。

NEWSはそろそろ、「いろいろあった」はもういいんじゃないか、とずっと思ってきた。単に曲が良くて、単に歌が上手くて、単に世界観が明確で、単にかっこいい、そんなグループとして、もっともっと世界から知られて、愛されるべきだと。EPCOTIAで見た4人は、最高にかっこよかった。コンセプチュアルな演出も、タフな構成も、笑顔でこなす自信に満ちた彼らは内側から光るようにキラキラと輝いてまぶしくて、その上に15周年という追い風が吹いていた。毎週のように新情報が発表されて舞い上がった。でも、結局また「いろいろあった」に引き戻されてしまった。それもメンバーたち自身の手によって。「音源を流した側が悪い」「週刊誌がなければ」という声もたくさんあったけど、すべてのタレントが同じ条件下で戦っているのだ。どんなにパフォーマンスが良くたって、「日頃の行いから傷一つない他のタレントを差し置いてパフォーマンスだけで勝てるほどのグループなのか?」と問われると、個人的には疑問が残る。「二度と真面目さやがむしゃらさを売りにしないと誓えるか?」と問われると、俯くしかない。

 

2018年7月5日木曜日。広島は豪雨で街ごと白く煙っていた。チケットは見つかっていなかったけど、とにかく携帯をフル充電して、伸びてきたネイルを直し、喫茶店で誰に渡せるかもわからないお土産に添えるメッセージカードを書いた、「今日はありがとうございました」と。その間も取引のツイートやDMをいくつか打ちながらタクシーで会場まで行き、最終的には開演まで1時間切った16時半頃、同行させてくださる方が見つかった。それは一つの現場への参加権を得ただけじゃない、6月6日から徐々に切れていった縁が、最後の細い一本だけ残っていたと知らされるような、奇跡的な希望だった。同行者さん曰く、たくさんの連絡が来たけれど、会場に向かう前から譲りのツイートは眺めていて、DMをした時点でわたしのアイコンには見覚えがあった、とのことだった。有難くてそれだけで泣いてしまいそうだった。Twitterでどんなにネガティブなことをつぶやいても、泣き言を言っても、離れていくどころか慰めて応援してくれた、チケット絶対見つかるよ! と一緒に探して祈ってくれた、大切な友人たちが繋いでくれた希望だ。嬉しかった。

震える手で受け取ったチケットは下手司会側のかなり前寄りの席で、心の準備をしていなかったわたしはコンタクトすら入れてきてなかったけど、それでも表情まではっきりわかるくらい、僅か数メートルの距離に加藤さんがいて、立って、笑って、喋っていた。ツアーのときよりフェイスラインはしゅっとしてたけど、ビビットで見たほどに激痩せ!という印象はなくて、ただただかっこよかった。慶ちゃんと並んでるとあまり意識しないけど、ほかのアーティストや芸人さんと並んだ姿を生で見ると、背も高いし顔も小さいし脚も長い……と、スタイルの良さに目を奪われる。同じ空間と時間を共有していても、NEWSのコンサートでは「加藤さんが歌っているのを見る」という二項構造なのに、公録では「誰かが歌っているのを加藤さんと一緒に見る」ことになるのが不思議で、ちょっぴり落ち着かなかった。ライブの合間に軽いトークとVTRを挟みながら番組は進み、ときどきお母さんに連れられてきた赤ちゃんが泣いたりして、和やかな現場だった。てごちゃんのコメントにはさすがの慣れとキレがあって、並んだ2人はくしゃっとおんなじ顔をして爆笑していた。加藤さんは知的で、声は優しくて、でもてきぱき仕切るというよりは等身大の自分のまま進行している印象で、それにすごく好感を持った。無理がなくて嘘のない言葉、音楽への愛、抜群のビジュアル、加藤シゲアキにしかできない仕事がそこにはあった。「歌や踊りやお芝居が上手い」以外の付加価値で、加藤さんが自ら掴んだ大事な仕事だ。わたしが大好きな、わたしが好きになった加藤シゲアキがそこにいた。

被爆者の方が高校生に当時の体験を語る取材VTRを観ながら、今年の冬に亡くした祖父を思った。祖父は1945年、小学生のときに広島市内で被爆した。太平洋戦争の末期、すでに学徒動員が始まっていて、本当は工場に行かなければいけない朝、「前日友達と川で遊んで疲れてたから」という理由で、工場をさぼろうかと思案しながら家で寝ていたら偶然に助かったという。工場に出た同級生は皆亡くなったらしい。当時人口35万とも言われる市民の内16万人の命を奪った原爆は、わたしにとって、わたしの同級生たちにとって、多くの広島市民にとって、過去の出来事などではけしてない。「紙一重で自分の命を奪ったかもしれない」爆弾なのだ。あの日祖父が時間通り工場に出ていたら、前日川で遊んでいなかったら、父親も自分も、この世に存在していなかったかもしれない。広島にルーツがある加藤さんやてごちゃんだって同じだ。16/35という確率に、「自分だけは大丈夫」と思える人が何人いるだろう?

わたしの性格がちゃらんぽらんなところも、本の虫なところも、大酒飲みなところも、全部全部両親にはない、祖父から受け継いだ特徴だ。命は繋がっている。88歳で大往生した祖父の名前は原爆死没者名簿に登録され、慰霊碑に奉納されている。原爆や放射線が直接の死因でなくても、被爆者手帳を持っていればそこに名前が連なることを、祖父が亡くなってから初めて知った。今年の8月6日には平和記念式典の招待状が届く。この地にとって「被爆者が亡くなる」ことの意味の重さを改めて知らされるようだった。「被爆者が居なくなる前に核廃絶を」という声が聞かれるようになって久しいのは、目の前の人がサバイバーであるという圧倒的事実が抜け落ちていったら、きっといつか原爆も「過去のこわい出来事」になってしまうからだ。

誰も戦争を知らない時代が訪れようとしている中、歌やエンターテインメントの力で未来に平和への思いをつなぐ。「いのちのうたフェス」は、そんな背景に制作された番組だ。誰もができる仕事ではない。今回の騒動があって局側は出演者変更や降板も考えたかもしれない。広島で2人に会えて嬉しい。でも、来年はまたどうなるかわからない。それを寂しく思いながら迎えたエンディングの挨拶で、加藤さんは本番中に何回か赤ちゃんが泣いてしまったことについて、「今日はたくさんの子のいのちのうたも聴くことができましたね」と、さらりとコメントした。その日の加藤さんの仕事のすばらしさを凝縮したような一言だった。優しさと知性と気遣いとユーモア。慶ちゃんの飲酒強要が一回の飲み会限りの話ではなく、ハラスメント全般に関わる重大事だったのと同様に、そのコメントは一日の収録限りの話ではなく、育児の負担が女の人にばかりかかって、且つ子どもに対して異常なまでに不寛容ないまの日本社会全般に関わるコメントに聞こえた。当日子どもを連れてきていなかった人も含めて、いったい何人のお母さんが救われただろう。そんな一言がさらっと出る自担が誇らしくて、これがNEWSの加藤シゲアキさんですよー!と、大声で喧伝したくなった。

 

2018年7月7日土曜日。広島を襲った豪雨は一夜明けても降りやまず、それどころか西日本全体を覆う歴史的な災害にまでなってしまった。帰京予定だったわたしも実家に足止めされ、特にすることもなくリビングでMUSIC DAYを観ていた。加藤さんが主演を務める連ドラのタイアップなのに、シングルカットさえ未定な新曲「生きろ」の初解禁。司会が嵐の櫻井翔くんということで、週刊誌にいろいろ書かれた両グループのファンはどっちもぴりぴりしていた。謹慎期間が明けた小山さんが公の場に姿を見せるのは初めてだった。

夕方17時過ぎ、CMを挟んでNEWSの出番がやってくる。翔くんは呼び込みの時点でもう、「こら、NEWS~!」と、ふざけて怒ってるみたいにグループ名を呼び、4人が登場すると、間髪を入れずに端にいた加藤さんから順に、全員に握手を求めた。びっくりした。報道しか知らない一般視聴者に違和感を抱かせないぎりぎりのラインで、嵐とNEWS、両方のファンに対して明確に自分の気持ちを表明したのだ。そのたった数秒で、しかも全国ネットの生放送の場で。衝撃を受けた。「優しさと知性と気遣いとユーモア」が加藤さんの武器だと思っていたけれど、昨日の今日でその道の先を歩くモンスターみたいな大先輩がここにいることをガツンと知らされた。何があっても場や多勢の雰囲気に流されることなく、冷静に物事を考え整理し、きちんと自分の言葉で伝えてくれる人。わたしが自担に対して「こんな人でいてほしい」と思う姿そのもの。翔くんの気持ちは大きく温かく、それに包まれて少し困ったように笑ったNEWSの4人は、ちっぽけな子どものようだった。

 

曲前は円陣を組むように顔を見合わせ、何か言葉を交わしたようだった4人が頷く。増田さんが翔くんの方を見て笑う。冒頭の歌い出しはもちろん加藤さん、センター位置も偏愛するシゲマスの2人で喜んだのも束の間、曲が進むほどに歌詞が今の状況とシンクロしすぎていて、息をのんだ。「生きろ! 何万回言ったって何万回聞いたって 負けそうにまたなるけど/いいさ懸命に誓った仲間の絆を 道しるべに」。それはグループに対してもやもやした気持ちを抱えたまま、友人たちに背中を押されるようにして広島まできた、今の自分の心情だった。「生きろ! 敗北を知ったって0(どん底)にいたって またやり直せるだろう?/そう授かった命のすべてをかけて 燃え尽きるまで 生きていく」。このタイミングで、こんな曲が来てしまうのか。強烈なまでの皮肉、痛烈なまでの悪運じゃないか。

NEWSは、「いろいろある」グループだ。人のために作ったはずの応援歌がいつでも自分たちに跳ね返ってくるような、そんな未熟なグループだ。けど、曲の良さ、歌の上手さ、世界観の明確さとかっこよさは、その日も健在だった。「信じていたいんだ 光見えない未来を/あの時、君が信じてくれたように」という歌詞は、この1か月不信感でいっぱいだった自分には、素直に喜べなくても。曲終わり、全員が深くお辞儀をし、鳴り響く拍手の中、翔くんが「がんばれよ」と声を掛けてくれた。優しい優しい声だった。キャスターとしての道を先陣切って拓いてきた彼は、きっとわたしたちの知らないところでも、日テレの人にもそれ以外の関係者にも、たくさんのフォローをしてくれたに違いない。翔くんがこつこつと積み上げてきた信頼に、泥を塗ったのは慶ちゃんだ。 その事実は消えない。0どころかマイナスからのスタート。こんな1か月、もう二度と過ごしたくない。

 

わたしは結局今回の一連の騒動を許せていないし、処分も甘すぎると思う。それは彼らに対する期待値が高いからだ。ネット上が騒がしくなった頃、「残りたいファンだけ残ればいい」「少数でも彼らを愛している人たちが支えればいい」という意見もあったけど、そんなの絶対嫌だ。エンターテインメントはビジネスなんだから、現状維持なんて不可能だ。努力して投資した結果としての横這いはあったとしても、現状維持をめざして投資をやめたら、後は先細っていくだけだ。その席に座りたい人は他にいくらでもいる。でもわたしは、NEWSの4人に期待することを止められない。15年間、わたしが地元を出てからとほぼ同じだけの時間、同年代の彼らが踏ん張って守ってきたものが、こんな形でしぼんでなくなってしまうのを見たくない。たとえば翔くんみたいに、たとえば嵐みたいに、大きくて温かい、たくさんの人に愛される人たちに、いつかなってほしい。わがままでも、無理だと笑われても、そう夢見てしまったことが今や、みっともないくらいわたし自身の支えなのだ。

「だから何万回転んだってもう一回踏ん張って また歩き出せるだろ?/たとえ0からだって終わりじゃないさ 燃え尽きるまで 生きていく」。NEWSはまだ頑張れるだろうか? わたしはまた頑張れるだろうか? 単に曲が良くて、単に歌が上手くて、単に世界観が明確で、単にかっこいい、そんなグループになるまで。燃え尽きるまで。

君が一番疲れた顔が見たい

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生まれて初めて、付き合っている、と言っちゃいけない人と付き合っている。べつに恋愛の話がすごく好きなわけじゃないけど、人と話をすること自体がとても好きなわたしにとって、これは当初想定以上にややこしい縛りプレイで、自分の思考や行動を相互に関連づけて現在地を語るスタイルに慣れすぎているせいで、彼――仮にKとしよう――のこと抜きに、今の自分の思考や行動を語るのはほとんど不可能に近い。

たとえば友達や仲の良い同僚と、最近はだいぶ暖かいからテラスのあるお店ばかり選ぶんだけど、ビールを飲みながら仕事の話をしようと思っても、恋愛の話をしようと思っても、映画の話をしようと思っても、本の話をしようと思っても、Kの話はそのすべての裏にぴたっと張り付いていて、切り離すことができない。誰にも背中を見せずに街を歩くことができないみたいに、Kのことを抜きに何の話もできないのに、しちゃいけないから、わたしにしてはキレのないストーリーだなぁと内心で相手に申し訳なく思いながら人と話すようになって、早くも半年経つ。できすぎた偶然の連続で築いた関係性だし、今この瞬間も夢ではないかと疑っているし、相手のメリットがわからない点を除けば詐欺だと言われても驚かない。でもとにかく半年経ったから、記念に書いておきたいのだ。誰にも言えないKの話を。 

 

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雷鳴と星閃

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コンサートについての感想を書くのは難しい。同じツアーでも、各公演によって微妙に演出やメンバーのコンディションは違って、そこに同じ時間はひとつとてないし、同じ公演でも、座席によってやはり目に映る世界は180°どころでなく違って、もっと言えば同じ席でも、見る側の担当やそのツアーで入ってる公演回数やグループに対する解釈によってやっぱり見える世界はがらりと違う。そんな前提のなかで、それでもわたしたちは同じ時間に同じ場所に集まり、再会を喜び、会いたかったね会いたかったよと繰り返し確認し合い、束の間の時間を共有して、それを糧にまた一年を頑張ったりする。何度でも何度でも、一昨年も昨年も今年も、たぶん来年も。

 

昨年、NEWS LIVE TOUR 2017 ”NEVERLAND” の感想、というか「人はいかにして神と出会い、奇跡を『奇跡』として雷のようにその身に受け、信仰にめざめるのか」を書いたけど、宗教としての増田貴久と名付けたその記事ももちろん長いツアーの中のある日の公演の、一面しか切り取っておらず、「箱推し」とか言いつつわたしの推し事の9割がしげとかますとかで埋められているのはこの際許してもらうとして、ツアーを通してずっと考えていたにも関わらずまったく触れられていないのは、実は慶ちゃんのことなのだ。 

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借り物の魂で

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会いたかった人とほぼ一年ぶりに会って、ハイになって一晩中喋ってシャンパンでフラフラの身体で帰宅して寝て起きて、お風呂に入ってもまだフラフラな頭で、ベッドにゴロンゴロンしながら読んだ横槍メンゴちゃんの新刊『めがはーと』に追い打ちをかけられるようにガツンと殴られて、今年の冬はやってきた。起毛のパジャマもくたくたの毛布も湯たんぽも、一瞬で無効化するように背筋を冷やす心理描写こそが、この作家の真骨頂だ。横槍メンゴという人が一貫して追ってきた(と、わたしは勝手に思っている)「誰かを想う気持ちの醜さ/美しさ」というテーマはこの作品の中でも、どこまでもかわいいあの繊細な筆致で徹底的に描かれていて、ぬくぬくとしたベッドの中にいてなお単行本を持つ指先がちょっと震える。「まじかよ……」とかつぶやいてしまう。

『めがはーと』は夫婦(やそれに準じる近しい関係性の人々)が、互いに寿命を「譲渡」できる世界を舞台にした連作短編で、そのいくつかは雑誌掲載時に読んでいたのだけど、まとめて読むとミルフィーユみたいに各話の隙間から感情の層が溢れ出て、もう一口ごとに醜さ!美しさ!醜さ!美しさ! と、一話一話読んでたときとは比べものにならないぐらい、贅沢な味がした。そういえば前作『クズの本懐』は読みながら、むしゃくしゃして甘いものを食べまくって満たされたあと、ちょっと胸焼けして気持ち悪くなるあの感じ、がよくこみ上げた。人を好きになることは、まるで自分の身体にいま足りてない栄養分をがつがつ補うような、身勝手さと暴力性がある。

 

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ゆぅっくりしゃべる女の子

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表参道のレストランで、ゆぅっくりしゃべる女の子に出会った。午前中からまつエクを直した小雨の土曜日の帰り道、小腹が減ったのでてきとうなパスタでも食べたい、と骨董通りでふらっと選んで入ったお店。案内されたカウンターの左隣では同い年くらいの女性の一人客が、トレンチコートも脱がずに前菜のサラダを食べていた。ゆぅっくりしゃべる女の子はわたしの右隣、スキンヘッドでスーツを着たどう見ても堅気ではなさそうな30代男性と二人連れ。席に着くなり、何だか関係性のよくわからない二人組だな、と思ったが東京で関係性のよくわからない二人組に遭遇する確率はけっこう高い。たぶんスカウトとかそれに類する何かなのだろう、ゆぅっくりしゃべる女の子は色白で、青色のパフスリーブのブラウスとか着ていて、髪の毛は一度も染めたことがないのかと思うくらい真っ黒に長くつやつやとしていた。00年代に女子高生だったわたしからすると、2017年の女子高生も女子大生も皆、すごくすごく清楚に見える。

真隣の席なので、特別に耳をそばだてなくても二人の会話はよく聞こえてきた。「大学では何を勉強してるの?」「彼氏はいるの?」とかそういう当たり障りのない内容。断片的なやりとりを総合すると、女の子はたぶん青学とかそのへんの大学の国際系の学部に通っていて、英語に興味があって、でも彼氏は日本人の方がいいらしい。友達には外国人と付き合っている子も多いけど、そういう子はたいていすぐに別れて、また新しい外国人と付き合って……ということを繰り返しているそうだ。スキンヘッドは女の子の話にすごく興味がある風でもなく、かといって退屈そうだったりバカにするでもなく、「ケーキもおいしいところあるんだけど、この後行く?」なんて誘ったりしている。真横にいるので近すぎて二人の顔は見えないが、小首を傾げる仕草というのは雰囲気というか、空気の流れで伝わるのものだと知った。ありふれたやりとりにも関わらず強烈に記憶に残ったのは、とにかくゆぅっくりしゃべる女の子のしゃべり方が本当にゆぅっくりだったからだ。忠実に再現すると、

スキンヘッド「学部どこだっけ?」

女の子「(ちょっと小首を傾げる)……国際○○……(すごくちっちゃい声、デクレッシェンド)」

スキンヘッド「じゃあ英語が好きなんだ」

女の子「(困ったような間)……うーん……(この間たっぷり15秒)」

……くらいのペースで会話している。楽譜でいうとすべてのフレーズにレント、ピアニッシモ、デクレッシェンドが連なる。すごく新鮮で、すごく印象的だった。そして、同時に少し懐かしかった。

 

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HiGH&LOWにNEWSが出演するのは必然

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『HiGH&LOW THE MOVIE 2 END OF SKY』を観た。昨夏、自分がどういった経緯でHiGH&LOWにはまったかはあまりはっきり覚えていない。会社がとにかく忙しかったり、急激に好きな人ができたり、仕事もプライベートもグチャグチャで、口を開けば「まっすーは神」と「ハイロー観て」しか言わないBotと化していたのが2016年の夏だったわけだけど、おそらくTwitterで二次元オタ界隈がざわざわーーーとしているのを見て、居ても立ってもいられなくなったんだと思う。「え~LDH全然好きじゃないんだけど……寧ろ嫌いなんだけど……」と渋る女友達に「わたしもだよ! でも村を焼かれた窪田正孝が観られるらしいよ!?」とか、「和製マッドマックスFRらしいよ!?」とか、怪しい伝聞調を駆使して口説き続けて結局4人グループで観にいった。終映後、皆HiGH&LOWが大好きになってた。「ハイロー観て」Bot爆誕の瞬間である。さらに別のオタク友達にも「スーパーイケメンウォーズな上にヒロインは窪田正孝だよ」とか、「90年代LaLa・花ゆめに掲載されてた少女向けアクション漫画みたいな文法なんだよ」とかとか、伝聞じゃないのに怪しい熱弁をふるって布教に勤しんだ。それは一年経ったいまも続いている。つい先週も「LDH苦手なんだよ……」とこぼす会社の人に「って思うじゃん!?でもハイローは(以下略」と食い気味につっかかった。ジャニーズやLDHに対する、世間の偏見というのはなかなか根強い。

そう、ジャニーズだ。『THE MOVIE 2』についての感想はすでに、たくさんの人たちが素晴らしいことを書き残しているので、映画新規のにわかファンなわたしがさらに付け加えることはとても少ないのだけれど、鑑賞後真っ先に強くあらわれた感情は「何で自担はここに出てないの!?」、だった。LDHのイケメンも、若手俳優なイケメンも、2.5次元のイケメンも、韓流なイケメンも、V系のイケメンも皆すばらしい、皆違って皆いい、イケメンの満漢全席みたいな映画だからこそ、ジャニーズのイケメンがいないのが寂しい。折しも先月は劇場版『銀魂』で堂本剛さま演じる高杉の妖しい美しさに両頬ビンタされて帰ってきたばかりで、「は~HiGH&LOWに出てるNEWSちゃんがみたいよ~~絶対合うよ~~~!」というモンペ感情が爆発してしまったのだ。

TLを覗くと、ジャニーズアカでも「HiGH&LOW最高!」と叫んでいる人はいる、でも全員ではないのがもったいない。NEWSオタクは絶対HiGH&LOW好きだと思うので観てください。逆に「HiGH&LOW最高! LDH萌える!」と叫んでいる人の中にも、「ジャニーズは自分のジャンルとは違うかな」と思っている人がいるかもしれない。HiGH&LOW好きは絶対ジャニーズもはまれると思うので円盤とか観てください。そんな動機で、HiGH&LOWにNEWSが出演することがいかに必然性の高いことなのか、以下精一杯書いてみたいと思う。

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