ひとひらの愛

独断と偏見とポエム

雷鳴と星閃

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コンサートについての感想を書くのは難しい。同じツアーでも、各公演によって微妙に演出やメンバーのコンディションは違って、そこに同じ時間はひとつとてないし、同じ公演でも、座席によってやはり目に映る世界は180°どころでなく違って、もっと言えば同じ席でも、見る側の担当やそのツアーで入ってる公演回数やグループに対する解釈によってやっぱり見える世界はがらりと違う。そんな前提のなかで、それでもわたしたちは同じ時間に同じ場所に集まり、再会を喜び、会いたかったね会いたかったよと繰り返し確認し合い、束の間の時間を共有して、それを糧にまた一年を頑張ったりする。何度でも何度でも、一昨年も昨年も今年も、たぶん来年も。

 

昨年、NEWS LIVE TOUR 2017 ”NEVERLAND” の感想、というか「人はいかにして神と出会い、奇跡を『奇跡』として雷のようにその身に受け、信仰にめざめるのか」を書いたけど、宗教としての増田貴久と名付けたその記事ももちろん長いツアーの中のある日の公演の、一面しか切り取っておらず、「箱推し」とか言いつつわたしの推し事の9割がしげとかますとかで埋められているのはこの際許してもらうとして、ツアーを通してずっと考えていたにも関わらずまったく触れられていないのは、実は慶ちゃんのことなのだ。 

NEWSにはまった(とはっきり自覚した)とき、どうにも一人でその熱を押さえきれなかったわたしは、会社で一番仲が良かった同い年のアイドルオタクの同僚にNEWSの話をした。「とにかくかわいくてドラマがあって曲もいいから、見て」。アイドルオタクと言っても彼女は女子アイドルオタクで、日々「イケメン何それおいしいの?」みたいな顔をしていて、まさか沼に落ちてくれるとは思っていなかったのだが、翌日神妙な顔でわたしの席にやってきた。勧められた「美しい恋にするよ」を観たよ、と。「自分でも何でかわからないんだけど、小山くんばっかり見ちゃうんだよね」、と。「慶ちゃんか!慶ちゃんはね、わたしたちとタメだよ!」こうしてわたしの夢のように楽しいNEWSオタクライフは幕を開けた。充実してるのは、いつも一緒にツアーを回ってくれる、どんなにくだらないことでもLINEに付き合ってくれる、経済観念と体力と旅行リテラシーと食の好みとお酒の強さと休みの取りやすさとNEWS愛の質量が奇跡的に一致する相方がいたからで、もしあのとき彼女が一緒に沼に落ちていなかったら、3年後の今もこんな風に精力的にNEWSを推していたかは、正直もうわからない。

 

今だから言える話。NEVERLANDは、しんどいツアーだった。もちろんいつも通り増田さんはかっこよくて、加藤さんの歌はすごくよくなっていて、コンセプチュアルな世界観は彼らにぴったりで、初日から良席が当たって、9割がしげとかますとかで埋められているわたしの推し事的には100点だったが、残りの1割に笑顔はなかった。ツアー初日、真駒内アイスアリーナでオープニングムービーが流れた時点で、慶ちゃんのシーンにだけ歓声がわかなかった。暗闇の中、それまで盛り上がっていた会場は一瞬静まり返り、静まり返った事実そのものに皆が戸惑って、ざわり……と不安に揺れた。そのあとすぐ出てきた慶ちゃんの顔は強張っていて、怒っているようにも、ふてくされているようにも、傷付いているようにも見えた。わたしですらショックを受けたその表情に、小山担の皆がどんな気持ちになったのか、想像しただけでつらい。

Twitter上では、毎日執拗にいろんな意見が飛び交っていた。でも声を大にして言いたいのは、リアルのコンサート現場で、悪意を持って慶ちゃんに接しているような人を、少なくともわたしは一人も見かけなかった。たとえば「ソロで席を立つなんてファンがやることなのか?」と責めている人がいたけど、あの表情を見た後だと、ファンだからこそつらくて直視できないことはあるんじゃないかと思ったし、悪意のあるうちわは見かけなかったけど、うちわの数自体は減っているように見えた。それは皆が慶ちゃんを嫌いになったとか、傷つけようと意図したからじゃなくて、単に皆も傷ついたんだと思う。わたしは内心、相方がNEWSを降りないかとはらはらし続けたツアーだったし、それが気になって、気になって、でも重すぎて訊けなかった。もし「うん、実は、今回が最後かなって思ってるんだよね」なんて返ってきたら、ちょっとどんな顔したらいいかわからないから。

 

もちろんそんなのはただの取り越し苦労で、慶ちゃんは公演回数を追うごとに笑顔を取り戻していったし、うちわの数も増えていったし、そうこうしてる内に今度はてごちゃんのスキャンダルが出て、ネット上は相変わらずざわざわしていたけれど、それでも皆はやっぱり現場に足を運んで、オーラスの東京ドームまで駆け抜けて、メンバーに一人じゃないよと歌って、歌われて、NEWSがついてるよファンがついてるよと互いに確認しあったし、相方は降りたりしなかった。それで何となくほっとして忘れていたけど、NEVERLANDのBlu-rayを観ても思い出さなかったそのしんどさを久しぶりにまざまざと思い出したのは、EPCOTIAでU R not aloneを聴いたからだ。半分トラウマみたいになっていたあの日以来の真駒内公演、「あの日つまずいて しゃがみこんでしまうほどの痛みさえ/わきだして かけだして 助走に変えていけるように」という詞を改めて生で聴いて、ああ、あれは本当に「しゃがみこんでしまうほどの」痛みだったんだなと、去年真駒内で見た慶ちゃんの強張った顔や、東京ドームで見た文字通りしゃがみこんで号泣したてごちゃんの姿が蘇って、胸がいっぱいになった。

前掲のNEVERLAND感想で「何か、加藤さん歌上手くなってないか!?」と書いたけど、それとまったく同じことを今年、慶ちゃんに対して思った。歌だけじゃなくて、煽り方とか、ソロのVの演出とか、随所で「何か、慶ちゃん一段階吹っ切れたのかな……?」と感じるくらい、慶ちゃんは去年とはまったく違うすっきりした顔をして、わたしたちを宇宙旅行に誘った。嬉しかった。「残りの1割」とか言いつつ、「家の中ではお母さんが笑ってないと何かやだ!」と駄々をこねる幼児みたいな気持ちで、どうやらわたしは「慶ちゃんは笑ってないと何かやだ」と思うのだ。わたしがNEWSを好きな気持ちの中の、大事な何かを象徴しているのが慶ちゃんという人なのだ。EPCOTIAの慶ちゃんは屈託なく笑っていて、客席も皆幸せそうに笑っていて、ああ去年のことはもう「助走に変える」ことができたんだなと覚った。嬉しかった。コンセプチュアルな作品に、作品外のことをあれこれ考えずに没頭できる、これ以上嬉しいことはない。

 

 

今夜、初めて入ったマリンメッセ福岡で、増田さんのソロThunderを正面から見て、聴いた。増田さんが曲調はもちろん、歌詞にも要望を出しながら作ったというこの曲をめぐる解釈は増田担の数だけあるだろうし、あるいはNEWS担の数だけあるかもしれない。加藤さんはこの歌を増田さんという人自身の「葛藤の放出」と読み解いたし、おそらくはそのように受け止める人が大多数で且つ正解なんだろうけど、わたしは初聴きのときからずっと、これは去年のあのことについて歌った曲なのかな、と思ってる。慶ちゃんとてごちゃんのことを、増田さんが歌ってくれたのかなと。この強い言葉たちは、増田さんの葛藤と呼ぶには何となくそぐわないような違和感があって、じゃあどうしたらこんなに強い言葉が出てくるのかと考えると、それは増田さん自身のことよりメンバーのことを描写する、二人称の曲だからなのではないかなと。もちろんそれは他人事としてではなく、加藤さんが書くように同じ「フロントにたつ快感の代償」を払っている人間としての共感を寄せてのことだし、印象的に使われる"I cry too..." "I try too..." というフレーズは、「普通の人みたいにフロントにたつ人も泣くんだよ」という意味じゃなくて、あの日てごちゃんが泣いたみたいに、自分も泣くんだよ、という意味にとれた。増田さんは、怒ってたんだ。ああいったしんどい状況を作ってしまった慶ちゃんとてごちゃんにも、それを不安がったファンにも、自分にも、ネットでいろいろ書いた人にも、アイドルという制度自体にも、ぐちゃぐちゃに怒って、雷雨みたいに叩きつける。Thunderは、誰かが何かを宣言した曲には聴こえなくて、どうしようもない状況自体を、それを変えられない不甲斐なさも込みで、ただ横なぐりの雨、のようなどうしようもない力として、シンプルに描写した曲に聴こえる。

 

今年も双眼鏡で増田さんの姿を追っている。どこにいても、背中を向けていても、自分に近い方のステージに自担の加藤さんがいても、だ。その瞬間その場所でもっとも価値が高い、値段が高いとわたしが感じる部分が増田さんのダンスだから。すべての動きがDVDやBlu-rayに残るわけじゃない。ソロ以外はぶつ切りに編集されるし、ソロでもずっと全身が映るわけじゃないし、だから増田さんのダンスはその瞬間その場所で自分の視界に焼き付けるほかない。増田さんという人が同時代にいて、踊ることと歌うことを選んでくれて、それを公の場で演る職業についてくれて、奇跡みたいだ。同時に、増田さんはその場にいて、生きて、動いて、片手を振り上げるだけでこんなに強烈に幸せにしてくれているのに、増田さんはちゃんとそれに見合う報酬を、受け取っている?と、不安になる。わたしは増田さんが好きだから、こちらからも何か与えてあげたいのに、感謝の言葉も、深いお辞儀も、貰うたびにああまた返されてしまった、また返されてしまったと、自分が貰うばかりで、何も返してあげられないのがかなしくて、ダンスを見ているときも、名前を読んでいるときも、手を振っているときも、油断すると泣きそうになる。

 

EPCOTIAの中でいっとう好きな曲はTWINKLE STARだ。ラジオなどで予め聴いていたEPCOTIAの曲は全部最高にかっこよくて、「こんなん生で聴いたら宇宙の塵になるわ」と冗談を言ってたら本当に塵になる歌がでてきて、すぐに気に入ったのだ。メロディラインも綺麗で、増田さんのCメロが最高。このブログを書きながら、偶然にもThunderとTWINKLE STARは歌詞のモチーフが呼応している部分が多いことに気付いた。「何があっても逃げ出さず 目を逸らさずに向かった/忘れようとするたび まだ見つめられてる気がして」「いつの間にか消える I'm your Thunder.../捉えようとするたび その光はこぼれて消えた」「いつか風向き変わり モノトーンに染まる昔話に/もう世界は色のない夢だけ描く/君と二人じゃなきゃ叶わない」……このCメロにあるみたいに、ファンがいないと叶わないことが増田さんにもあればいいのに、と願う。それまでずっと、自分が宇宙の塵になる歌だ~と思いながら聴いていたけど、増田さんに置き換えて想像してみる。激しく轟いた雷鳴がやがて消えて、1,000年経って皆に忘れ去られて、銀河の果てから小さな小さな星くずの閃きになって、ゆらりゆらりと舞っている歌だと思うと、自分が塵になる想像の数万倍切ない、神話のような世界が浮かんだ。

 

コンサートについての感想を書くのは難しい。わたしは雷に打たれたり宇宙の塵になったり忙しいし、幼児⇒ママとか信者⇒神とか勝手な目線でアイドルを見てるし、いろんなことに過剰に意味付けをして、結局それを楽しんでいる。そんな前提のなかで、それでもわたしたちは同じ時間に同じ場所に集まり、再会を喜び、会いたかったね会いたかったよと繰り返し確認し合い、束の間の時間を共有して、それを糧にまた一年を頑張ったりする。何度でも何度でも、一昨年も昨年も今年も、たぶん来年も再来年も、ひょっとしたら1,000年後も。

借り物の魂で

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会いたかった人とほぼ一年ぶりに会って、ハイになって一晩中喋ってシャンパンでフラフラの身体で帰宅して寝て起きて、お風呂に入ってもまだフラフラな頭で、ベッドにゴロンゴロンしながら読んだ横槍メンゴちゃんの新刊『めがはーと』に追い打ちをかけられるようにガツンと殴られて、今年の冬はやってきた。起毛のパジャマもくたくたの毛布も湯たんぽも、一瞬で無効化するように背筋を冷やす心理描写こそが、この作家の真骨頂だ。横槍メンゴという人が一貫して追ってきた(と、わたしは勝手に思っている)「誰かを想う気持ちの醜さ/美しさ」というテーマはこの作品の中でも、どこまでもかわいいあの繊細な筆致で徹底的に描かれていて、ぬくぬくとしたベッドの中にいてなお単行本を持つ指先がちょっと震える。「まじかよ……」とかつぶやいてしまう。

『めがはーと』は夫婦(やそれに準じる近しい関係性の人々)が、互いに寿命を「譲渡」できる世界を舞台にした連作短編で、そのいくつかは雑誌掲載時に読んでいたのだけど、まとめて読むとミルフィーユみたいに各話の隙間から感情の層が溢れ出て、もう一口ごとに醜さ!美しさ!醜さ!美しさ! と、一話一話読んでたときとは比べものにならないぐらい、贅沢な味がした。そういえば前作『クズの本懐』は読みながら、むしゃくしゃして甘いものを食べまくって満たされたあと、ちょっと胸焼けして気持ち悪くなるあの感じ、がよくこみ上げた。人を好きになることは、まるで自分の身体にいま足りてない栄養分をがつがつ補うような、身勝手さと暴力性がある。

 

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ゆぅっくりしゃべる女の子

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表参道のレストランで、ゆぅっくりしゃべる女の子に出会った。午前中からまつエクを直した小雨の土曜日の帰り道、小腹が減ったのでてきとうなパスタでも食べたい、と骨董通りでふらっと選んで入ったお店。案内されたカウンターの左隣では同い年くらいの女性の一人客が、トレンチコートも脱がずに前菜のサラダを食べていた。ゆぅっくりしゃべる女の子はわたしの右隣、スキンヘッドでスーツを着たどう見ても堅気ではなさそうな30代男性と二人連れ。席に着くなり、何だか関係性のよくわからない二人組だな、と思ったが東京で関係性のよくわからない二人組に遭遇する確率はけっこう高い。たぶんスカウトとかそれに類する何かなのだろう、ゆぅっくりしゃべる女の子は色白で、青色のパフスリーブのブラウスとか着ていて、髪の毛は一度も染めたことがないのかと思うくらい真っ黒に長くつやつやとしていた。00年代に女子高生だったわたしからすると、2017年の女子高生も女子大生も皆、すごくすごく清楚に見える。

真隣の席なので、特別に耳をそばだてなくても二人の会話はよく聞こえてきた。「大学では何を勉強してるの?」「彼氏はいるの?」とかそういう当たり障りのない内容。断片的なやりとりを総合すると、女の子はたぶん青学とかそのへんの大学の国際系の学部に通っていて、英語に興味があって、でも彼氏は日本人の方がいいらしい。友達には外国人と付き合っている子も多いけど、そういう子はたいていすぐに別れて、また新しい外国人と付き合って……ということを繰り返しているそうだ。スキンヘッドは女の子の話にすごく興味がある風でもなく、かといって退屈そうだったりバカにするでもなく、「ケーキもおいしいところあるんだけど、この後行く?」なんて誘ったりしている。真横にいるので近すぎて二人の顔は見えないが、小首を傾げる仕草というのは雰囲気というか、空気の流れで伝わるのものだと知った。ありふれたやりとりにも関わらず強烈に記憶に残ったのは、とにかくゆぅっくりしゃべる女の子のしゃべり方が本当にゆぅっくりだったからだ。忠実に再現すると、

スキンヘッド「学部どこだっけ?」

女の子「(ちょっと小首を傾げる)……国際○○……(すごくちっちゃい声、デクレッシェンド)」

スキンヘッド「じゃあ英語が好きなんだ」

女の子「(困ったような間)……うーん……(この間たっぷり15秒)」

……くらいのペースで会話している。楽譜でいうとすべてのフレーズにレント、ピアニッシモ、デクレッシェンドが連なる。すごく新鮮で、すごく印象的だった。そして、同時に少し懐かしかった。

 

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HiGH&LOWにNEWSが出演するのは必然

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『HiGH&LOW THE MOVIE 2 END OF SKY』を観た。昨夏、自分がどういった経緯でHiGH&LOWにはまったかはあまりはっきり覚えていない。会社がとにかく忙しかったり、急激に好きな人ができたり、仕事もプライベートもグチャグチャで、口を開けば「まっすーは神」と「ハイロー観て」しか言わないBotと化していたのが2016年の夏だったわけだけど、おそらくTwitterで二次元オタ界隈がざわざわーーーとしているのを見て、居ても立ってもいられなくなったんだと思う。「え~LDH全然好きじゃないんだけど……寧ろ嫌いなんだけど……」と渋る女友達に「わたしもだよ! でも村を焼かれた窪田正孝が観られるらしいよ!?」とか、「和製マッドマックスFRらしいよ!?」とか、怪しい伝聞調を駆使して口説き続けて結局4人グループで観にいった。終映後、皆HiGH&LOWが大好きになってた。「ハイロー観て」Bot爆誕の瞬間である。さらに別のオタク友達にも「スーパーイケメンウォーズな上にヒロインは窪田正孝だよ」とか、「90年代LaLa・花ゆめに掲載されてた少女向けアクション漫画みたいな文法なんだよ」とかとか、伝聞じゃないのに怪しい熱弁をふるって布教に勤しんだ。それは一年経ったいまも続いている。つい先週も「LDH苦手なんだよ……」とこぼす会社の人に「って思うじゃん!?でもハイローは(以下略」と食い気味につっかかった。ジャニーズやLDHに対する、世間の偏見というのはなかなか根強い。

そう、ジャニーズだ。『THE MOVIE 2』についての感想はすでに、たくさんの人たちが素晴らしいことを書き残しているので、映画新規のにわかファンなわたしがさらに付け加えることはとても少ないのだけれど、鑑賞後真っ先に強くあらわれた感情は「何で自担はここに出てないの!?」、だった。LDHのイケメンも、若手俳優なイケメンも、2.5次元のイケメンも、韓流なイケメンも、V系のイケメンも皆すばらしい、皆違って皆いい、イケメンの満漢全席みたいな映画だからこそ、ジャニーズのイケメンがいないのが寂しい。折しも先月は劇場版『銀魂』で堂本剛さま演じる高杉の妖しい美しさに両頬ビンタされて帰ってきたばかりで、「は~HiGH&LOWに出てるNEWSちゃんがみたいよ~~絶対合うよ~~~!」というモンペ感情が爆発してしまったのだ。

TLを覗くと、ジャニーズアカでも「HiGH&LOW最高!」と叫んでいる人はいる、でも全員ではないのがもったいない。NEWSオタクは絶対HiGH&LOW好きだと思うので観てください。逆に「HiGH&LOW最高! LDH萌える!」と叫んでいる人の中にも、「ジャニーズは自分のジャンルとは違うかな」と思っている人がいるかもしれない。HiGH&LOW好きは絶対ジャニーズもはまれると思うので円盤とか観てください。そんな動機で、HiGH&LOWにNEWSが出演することがいかに必然性の高いことなのか、以下精一杯書いてみたいと思う。

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自治厨の胸の裡

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 その昔、「対象と結婚したいのがファン、対象の結婚相手を選びたいのがオタク」という名言を吐いた人がいて、深く首肯するとともに、以来誰かに対して「かっこいいすき……」と思うたび、その人と結婚したいか/その人の結婚相手を選びたいか、という二軸で自分の感情をマッピングするようになった。「かっこいいすき……」の中にはいつも「あの人みたいになりたい」という憧れ成分が含まれていて、その横に並ぶ自分を想像可能かどうかは対象によりけりだ。

 「いや畏れ多いむりむりむり」となることがほとんどだが、「じゃあ自分以外の誰が並んでもいいのか?」というと「いやこれはちょっと許せないライン」が存在するのが、だいたいのオタクの胸の裡じゃないかと思う。ちょっと許せないライン=「悪い虫」判定をこじらせると人は自治厨へと進化を遂げ、他の悪い虫判定と意見が相違すると戦争になる。いわゆる「解釈違い」である。

 

 アイドル、声優から若手俳優まで対象のジャンルを問わず、「自担が誰と撮られたら(≒横に並んでいたら、剰え付き合っていたら!)一番嫌か?」というテーマを投げかけられたら、だいたいのオタクは沈思する。「よくわからない地下アイドル」「共演している女子アナ」「タレント文化人」「同い年の一般女性」「自分よりかわいいオタク」「自分よりかわいくないオタク」。悪い虫の可能性は無限に近く幅広く、「結婚相手が誰と浮気したら嫌か」という問いの100倍議論は白熱する。「それだけは絶対ありえない!」しかし運が悪ければ実際に撮られ、闇堕ちした自治厨は黒薔薇のデュエリストに変身する。

 

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宗教としての増田貴久

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黒髪で、シルエットの細い服を着ていて、本の話ができて、虫とか秒で殺してくれる感じの男の人(ただしイケメンに限る)が大好きだ。NEWSを好きになったきっかけは加藤シゲアキさん(のご尊顔と小説)だったし、何ならいますぐ結婚してほしい。わかりやすくガチ恋の加藤担にも関わらず、Twitterなどでいつも「まっすーかっこいい」「増田貴久は神」「増田神への信仰心が日々深まる」みたいなことしかつぶやいてないので、95%の人に増田担だと思われている。この一年間で久しぶりのリア友に会っては「NEWSめっちゃハマってるね!」「そうなの、加藤さんってねもうすごい見た目も中身もわたしの好みのど真ん中なんだよね」「えっまっすーが好きなんじゃないの(困惑)」というやりとりを100回くらいした。それは誇張だけど10回は確実にした。

黒髪でシルエットの細い服を着ていて本の話ができて虫とか秒で殺してくれる感じの男の人が大好きなわたしが、なぜ赤髪で、ビッグシルエットの鬼で、本とか一冊くらいしか読まなくて、虫が苦手な増田貴久さんのことをこんなにも大好きなのか、毎日毎日まっすーのことを考えているのか、iPhoneのアルバムに加藤さんフォルダはないけど「神画像」フォルダはあって日々増田さんの画像が増えていくのか、考えるにつけもう「神だから」という答えしか出てこない。神とは証明できるものではない。神は同語反復的にしか語れない。けど、先だって入ったNEWS LIVE TOUR 2017 “NEVERLAND” 初日@真駒内アイスアリーナで目撃した増田さんの姿がまさしく神そのものだったので、奇跡に触れた民衆の一人として「これは後世に書き残さねばならぬ」と十二使徒ばりの使命感に駆られ筆をとりました。人はいかにして神と出会い、奇跡を「奇跡」として雷のようにその身に受け、信仰にめざめるのか、一人の求道者のドキュメントとして読んでほしい。

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